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| 【管理番号】y11664-kj 【商品名】 成田蒼虬 俳句 田中日華 秋草図描き表具 【年代】 江戸後期頃 【形状】 1幅 【サイズ】 本紙40.5cm×57.5cm 総丈106cm×68.5cm 【商品詳細】 紙本彩色少オレ少星シミ極少虫損少痛補修有。箱入。 朝顔に夫婦の杖をならべけり ※印刷ではありません。肉筆物です。 時代経年による多少の劣化もございますので、写真を良くご覧になってご入札ください。 成田蒼虬(なりたそうきゅう) 1761~1842年。江戸時代後期の俳人。名は利定。通称は彦助・久左衛門など数多く伝わる。別号に槐庵、南無庵、芭蕉堂二世。加賀金沢袋町南側小路に、金沢藩士成田勘左衛門の子として生まれる。1790年頃に高桑闌更の門下に入り、上田馬来に師事する。槐庵二世を継ぐも、父の獄死と知行没収を経て上京。闌更を頼り、彼の死後は東山芭蕉堂を継いだ。ただし、芭蕉道南無庵の号については、闌更の妻得終尼との間に不和が生じたと伝わる。以降、たびたび金沢に帰郷している。1835年芭蕉堂南無庵を千崖に譲り、京都の八坂に対塔庵を結び、天保俳壇のリーダーとして活躍した。桜井梅室、田川鳳朗と共に「天保の三大家」と称された。追善集として『夏かはづ』『をりそえ集』『夕ばえ』などがあり、発句集・俳諧集として『訂正蒼虬翁句集』『蒼虬翁俳諧集』などがある。 田中日華(たなかにっか) 生年不詳~1845年。江戸時代後期の画家。京都の人。名は弁二。字は伯暉。別号に月渚。四条派の岡本豊彦にまなび、高弟のひとりといわれる。人物・花鳥・草花画を得意とし『平安人物志』に文政5年、文政13年、天保9年の3度掲載された。弘化2年死去。 |